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大阪地方裁判所 昭和26年(ワ)2339号 判決

原告 服部辰治郎

被告 松本吉一

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は被告は原告に対して大阪市東住吉区平野西脇町百二十三番地上に在る南向木造瓦葺平屋建雑種物置一棟建坪十八坪を明渡し、且つ昭和二十五年十一月一日から右家屋明渡済みに至るまで一ケ月金六百円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、

その請求の原因として、

請求の趣旨記載の建物は原告の所有に属し、以前鶏舎であつたものを物置又は工場として他に賃貸使用させる目的で原告において修繕を施したものであるところ、被告から右建物を細い故針金を伸す作業場として賃借したい旨の申込みがあつたので、昭和二十五年六月一日原告は被告に対して右建物を賃料一ケ月金三百円毎月末日持参支払、被告は原告の承諾なしで右建物を他人に転貸し又はこれに他人を同居させてはならない旨の約定で賃貸した。その後昭和二十五年八月一日から右建物の賃料は一ケ月金六百円となつた。

然るに被告は昭和二十五年十一月一日から昭和二十六年七月末日までの賃料を支払わないので、原告は昭和二十六年八月二十一日附書面をもつて被告に対して右延滞賃料を同月二十五日までに原告方に持参支払え、若し右期限までにこれを支払わないときは本件の建物の賃貸借契約を解除する旨の延滞賃料支払の催告兼条件附契約解除の通告を発し、右書面は同月二十二日被告に到達したが、被告は右指定の期限までに右延滞賃料を支払わなかつたので、原被告間の本件建物の賃貸借契約は右期限の経過によつて解除となり、その翌日以後は被告は何等の権限なくして不法に本件建物を占有しているものである。よつて原告は被告に対し、本件建物の明渡を求めると共に、昭和二十五年十一月一日以降右契約解除に至るまでの右建物の家賃金及びその翌日から建物明渡済みに至るまで家賃金相当額の損害金として一ケ月金六百円の割合による金員の支払を求めるため本訴に及んだ。

仮りに原告の右請求が理由ないとしても、被告は本件の建物を賃借して後、同建物で営業しようとしていた故針金伸し業の資金がないために原告に無断で本件の建物を訴外平野彦七に転貸し、同訴外人を本件建物に居住させた。そして右訴外人が病気の為めに本件建物から転居するや、本件の建物を東側約十三坪と西側約三坪に区分し、東側に西側と別の入口を設け、右東側の部分を原告に無断で第三者に転貸し、右第三者は右転借部分を自己の自転車ハンドルの防寒用カバー製造作業場として使用し、夜間は入口に鍵を下し、昼間は毎日通つて右製造作業に従事している。被告の右二回に亘る本件建物の無断転貸はいずれも本件賃貸借契約に違反しているので、原告は被告に対して右無断転貸を理由として本訴をもつて右賃貸借契約を解除する。従つて被告の賃借権は消滅したから、被告は原告に対して本件建物を明渡す義務があると述べ、

被告の答弁に対して原被告間の本件賃貸借契約は、前記のように賃貸建物を故針金伸し作業場として使用する約束で契約が成立したのであつて、これを住宅に使用する約束で契約が成立したものでないのみならず、事実上においても、被告は本件建物賃借後当初本件建物において自ら故針金伸し作業に着手し資金不足のためこれを廃業したが、その後前記のように右建物の東側約十三坪を第三者に転貸して後も、右第三者は三、四名の職人を使用して自転車ハンドルに附ける防寒用カバーを製造する作業場として右転借部分を使用しこれを住居に使用していない。被告は建物の西側約四坪を占有しているが、毎日弁当持で他人の自動車の運転士として通勤していて本件建物を全く必要としていないにかかわらず、原告に対してこれを明渡さねばならなくなることを防ぐために右西側に居住しているように仮装しているに過ぎないのであつて、もとより右部分を真実住居として使用しているのではない。右のように本件の建物は賃貸借契約においても工場として使用する約束になつて居り、事実上も工場として使用されていて、住宅として賃貸されまた住宅として使用されているものではないから、その賃貸料は住宅賃料について指定せられている公定最高額の制限を受けないものである。従つて本件建物の賃料として原告は被告に対して原被告間に約定せられた一ケ月金六百円宛の支払を請求できるわけであるから、原告の被告に対する右割合による延滞賃料支払の催告及びその指定期限まで支払わないとき本件賃貸借契約を解除する旨の通告は正当なものであつて、被告の右不払によつて、右賃貸借契約解除は効力を生じたものであると附加陳述した。<立証省略>

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、

答弁として、

原告主張の事実のうち、本件建物が原告の所有に属し、以前鶏舎であつたこと、被告が原告主張の日に原告からこれを賃借したこと、原告主張の日に原告主張の延滞賃料支払の催告兼条件附契約解除の通告が被告に到達したこと及び被告が右賃借以来本件建物を占有していることは認めるが原告その余の主張事実は全部これを否認する。

被告が本件家屋を原告から賃借する際に、原告は権利金三万円の一時払及び家賃金一ケ月三百円宛の支払を要求したが、本件家屋は以前鶏舎であつて屋根と壁があるだけで直ちに住居に使用出来ないものであつたので被告は権利金二万円一ケ月千円宛月賦支払、家賃金一ケ月三百円の約定でこれを借受けた。然るにその後原告は昭和二十五年八月一日以降の本件家屋の賃料を一ケ月金六百円に値上げする旨被告に通知して来たので、被告は調査の結果本件家屋の公定最高賃料が一ケ月金九十九円であることを発見し、原告の被告に要求する権利金の月賦一ケ月千円家賃金一ケ月金六百円合計一ケ月金千六百円宛の支払請求は余りにも過当であると考え、原告にその減額方を交渉した。しかし原告は右被告の減額の要求に応じないのみか、昭和二十六年二月頃突然本件家屋の瓦をめくり、これを住居として使用に堪えない状態にした為めに警察沙汰を引き起した。右のように被告は原告の不当に多額な支払の要求を減額するように原告と交渉するためやその後生じた紛争のために、本件家屋の昭和二十六年十月一日以降の家賃金の支払をしなかつたのであつて、当時正当な額の家賃金であれば支払う意思があり、且つ原告に対して減額すれば支払う旨を申入れていたから、被告には昭和二十六年八月二十二日当時賃貸借契約解除の原因となるような家賃金の延滞はなかつたのである。

元来被告は原告から本件の家屋を住宅として賃借したのであつて工場として賃借したものではない。本件家屋に隣接する四棟の原告所有家屋はいずれも本件家屋と同様に以前鶏舎であつたのを修繕したものであるが、原告はこれ等をいずれも住宅として他に賃貸し、現にこれ等には人が居住しているのであつて、本件家屋のみが住宅以外の目的に使用するものとして賃貸される道理はない。仮りに賃貸借契約の際に原被告間に本件家屋を作業場に使用する旨の約束があつたとしても、それは被告が本件家屋に住み込んで一部を住宅とし一部を作業場にする意味であつて、原告は被告がこれに住み込むことを承知の上でこれを被告に賃貸したものである。右のように、本件家屋は住宅又は昭和二十六年七月十一日政令第二二五号地代家賃統制令の一部改正の第二十三条第二項但書に、所謂工場の用に供する部分と居住に供する部分とが結合して併用住宅と認められる建物として賃貸借契約が締結され、被告は現にこれに居住してその一部を住宅として使用しているから、右法条によつて地代家賃統制令の適用を除外せられた工場の用に供する建物には当らない。従つて右家屋は昭和二十五年六月一日原告が始めて被告に賃貸する際にこれに先立つて大阪府知事の認可を得て認可統制家賃金額を確定すべきものであつて、同年八月一日以降の家賃金の値上げは右認可統制額を基準としてさるべきものであり、且つ現在においても前記統制令の適用を受けるものである。そして昭和二十五年八月一日以降の本件家屋の総家賃額(地代を含む)は一ケ月金九十九円を相当とするのであるから、当初約定の本件家屋の家賃金は権利金の月賦を除外した金三百円について云つても不当に高額な闇家賃金であり、況んや昭和二十五年八月一日以降原告が請求するその家賃金一ケ月金六百円は地代家賃統制令に違反する不当な家賃の請求である。このような不法に高額な家賃の請求に対して、その減額を主張して家賃を支払わないのは賃貸借契約に違反する家賃の延滞ではない。

原告は被告に対して昭和二十六年八月二十二日右のように法令に違反する不法に高額な家賃金の支払を催告し、右支払のないときは本件の賃貸借契約を解除する旨の通告をしたのであるから、右催告は不適法で被告を遅滞に附する効力がなく、右催告及び契約解除の通告によつては仮りに被告が右催告に指定する期限までに賃料を支払わなかつたとしても契約解除の効力を生じない。また右催告は同年八月二十五日までに延滞賃料の支払を要求しているところ、右催告が被告に到達したのは同月二十二日であつてその間僅か三日の余裕しかなく、その不当に短期間の猶予期間を認めているに止る点においても契約解除の前提たる催告として不適法である。被告は右催告兼契約解除の書面が被告に到達した当時旅行不在であつて、同月三十一日旅行から帰宅して右催告を受けたことを知るや直ちに金員を調達して原告方に赴きその支払をしようとしたが、原告は既に指定した期限後であることを理由としてその受領を拒絶したので、被告は翌九月一日大阪供託局に一ケ月金六百円の割合による昭和二十五年十月一日から昭和二十六年七月三十一日までの家賃金五千四百円を供託し、その後右割合による金員を供託した結果、現在同供託局における被告の供託額は合計金一万四千四百円に達していて、その供託書はその都度被告代理人から原告宛に送付している。右のような次第で原告の前記の延滞賃料の催告に対しても、被告はその支払の遅滞はなかつたのである。

以上のように原告の本件賃貸借契約解除は被告に家賃金の不法な延滞があり、原告の延滞賃料の催告が適法なものであり、且つ右催告に対して被告の支払遅滞があることを前提とするものであるところ、右いずれの条件も具備していないから、その効力を生ぜず、被告は現在も本件家屋に賃借権を有している。従つて原告の被告に対するその明渡の請求は失当である。また原告の不当に高額な家賃金及び損害金の請求も失当である。

その外原告は被告の本件家屋不法転貸を理由として契約解除をしているが、被告は何人にも本件家屋を転貸したことはない。また他人に同居を許したこともない。訴外平野彦七は脳溢血病を患い、その治療のために病院通いをする僅かの期間被告方に寄寓していたに止るのであつて、その必要が無くなつたので程なく他に転出している。また被告は訴外梁川桂三と共同して本件家屋で自転車ハンドルに附ける防寒用カバーの製造に従事し、その作業場として家屋の一部を使用しているが、同訴外人は被告の弟であるばかりでなく、本件家屋に居住しているわけでもなく、ただ右共同事業の製造作業に従事するために本件家屋に通勤して来ているに過ぎない。以上のような僅かな期間の寄寓や賃借人の近親者が共同事業のために賃借家屋に通勤して来て働くことは、いずれも賃貸借契約の趣旨に違反する転貸や同居に当らないから、これを理由とする原告の賃貸借契約解除はその効力を生じない。と述べた。<立証省略>

三、理  由

本件の家屋が原告の所有に属すること、及び右家屋は以前は鶏舎であつたが、昭和二十五年六月一日被告が原告からこれを賃借したことは、原被告間に争がない。そして、成立に争のない甲第一号証並びに同第二号証の一、証人服部アイの第一回証言(後記措信しない部分を除く)、証人矢倉捨蔵の証言及び被告本人訊問の結果を綜合すれば、右原被告間の賃貸借契約においては、被告は原告に対して家賃金一ケ月金三百円宛を毎月末に支払う外に、権利金二万円を毎月金千円宛月賦で支払う旨の約定があつたこと、被告は本件の家屋に住居し同時にその一部を自分の営業の作業場にするために、右家屋を原告から賃借したのであつて、現在その一部が作業場に使用されているが、契約以来引き続いて現在まで被告がこれに居住していること、原告も被告が右家屋に住み込むことを十分承知の上でこれを被告に賃貸したこと、被告は前記の約定に従つて賃貸借成立の日から昭和二十七年七月末日までの分として一ケ月金千三百円の割合で支払つたが、原告は同年八月一日以降の右家屋の家賃金を一ケ月金六百円に値上げして、被告に対して右値上げされた家賃金を前記の権利金の月賦金と共に支払うように要求したので、被告は原告に対して同月分及び翌月分として右請求を受けた一ケ月金千六百円の割合で支払つたこと、及びその翌月以降昭和二十六年七月末日までの分としては、同年九月一日被告が右期間の本件家屋の家賃金として一ケ月金六百円の割合で供託するまでは、被告は原告に対して何等の支払もしていないことを認めることができる。証人服部アイの第一回証言中本件家屋はこれを専ら工場として使用する約束で賃貸した旨の供述部分は措信しない。

右認定によれば本件家屋はいわゆる併用住宅として賃貸せられ、引続き住宅又は併用住宅として使用せられてきたわけであるから、その賃貸借に関しては地代家賃統制令の適用がある。そして本件賃貸借契約の締結せられた当時にあつては、本件家屋のように従前賃貸されたことのない家屋を始めて他に賃貸する場合には、賃貸人は家賃額を契約するに先立つて府県知事から家賃の統制額を認可して貰うことが必要であつて、右のような認可を受けないで家賃額を契約し若しくは受取り又は右認可統制額を超えて家賃額を契約し若しくは受取ることは許されないことになつていた。従つて同年八月一日以降昭和二十六年九月末日(その後は統制家賃額は不動産価格によつて決定せられることになつた)までの間の家賃の統制額も右認可統制額を基準として算出した額となるのであつて、この額を超えて家賃金を契約し又は受取ることは許されないわけである。然るに本件の場合には、原告が本件賃貸借契約を締結するについてこのような知事の認可を後にも先にも受けたことがないことは、弁論の全趣旨に徴して明瞭であつて、従つて昭和二十五年八月一日以降の本件家屋の家賃金として原告が被告に請求した一ケ月金六百円の額も、前記のような認可統制額を基準として算出した統制額とは無関係に決定せられた額であること明らかである。右のように家屋の家賃額を契約するに先立つてその統制額の認可を受けねばならない場合に、その認可を受けないで家屋を賃貸し家賃額を契約することは違法であるけれども、この場合においても、既に家賃統制額のある家屋を統制額を超ゆる家賃額を契約して他に賃貸した場合と同様に家賃額の約定を除く賃貸借契約そのものは民事上有効であつて、家賃額の約定は地代家賃統制令に違反する部分だけが無効となる。即ちこの場合には家賃の統制額は未だない状態にあるから、賃貸当時賃貸人から統制額の認可申請があつたとすれば知事が統制額として認可する筈であつたと推定される額を家賃統制額と看做して、当事者の約定家賃額が右推定額を超えているときは、右超過部分の約定だけが無効となる。従つてこのような推定額を超える家賃額の約定がされた場合には、賃借人が既に支払つた分は別として、賃貸人が約定額の請求をしても、右額を超過する請求部分は何等の法律上の保護も受けることができない。

さて本件において原告が被告に対して本件家屋の賃貸借に関し支払を要求した一ケ月金千六百円、又は一ケ月金六百円が前述の推定認可統制額を超ゆるものであつたかどうかについて按ずるに、成立に争のない乙第一号証には本件家屋の昭和二十五年八月一日以降の家賃額は一ケ月金九十九円が相当である旨の記載があり、且つ右評価は相当権威ある公務所の認定ではあるけれども、その文面によつても明らかなように、右額は本件家屋が納屋等の雑種家屋として賃貸された場合の相当家賃額であつて、前認定のように明らかに併用住宅として賃貸借契約が締結せられ、且つ事実上もその用途に使用せられている本件家屋の推定統制家賃額として必ずしも相当であると認めることはできない。然しながら、右乙第一号証と原被告間に争のない本件家屋の位置坪数並びにそれが以前鶏舎であつた事実及び証人矢倉捨蔵並びに同服部武雄の各証言によつて認めることができる右家屋の構造に徴すれば、仮りに本件賃貸借契約締結当時右家屋の家賃額について知事の認可統制額が定められ、右額を基準として昭和二十五年八月一日以降の統制額が算出されたとすれば、その額は一ケ月金九十九円より多少多額に亘つたかも知れないが、これに近い額であつて、多額に見積つても一ケ月金二百円を超えない額であることを認めるに十分である。従つて当時において、本件家屋の賃貸借に関して、原告が被告にその支払を要求していた家賃金と権利金の合計一ケ月金千六百円も、純家賃額一ケ月金六百円も共に前記のような本件家屋の家賃の推定統制額を遥かに超過するものであること極めて明白である。

被告本人訊問の結果によれば、被告が原告に対して前認定のように昭和二十五年十月一日以降分の約定金額の支払をしなかつたのは、被告の手許不如意によつてその支払が不能になつた為めであること明らかである。然しながら、右本人訊問の結果と証人矢倉捨蔵の証言を綜合すれば当時原告は被告に対して権利金の月賦と家賃金を合算して一ケ月金千六百円宛の支払を要求していて、被告は右請求額以下の金額を一ケ月分の支払として原告に提供しても原告がこれを受取つて呉れないと思つてその支払をしなかつたまでであつて、原告が受取つて呉れるならば被告の能力の許す範囲で家賃金の支払をする意思であつたことを認めることができる。また被告が当時前認定の一ケ月金二百円を超えない推定統制家賃額の範囲内の額であればこれを支払う能力があつたことは、被告本人訊問の結果によつて認めることのできる被告が契約の日から四ケ月間一ケ月金千三百円乃至金千六百円宛を支払つた事実や、被告が昭和二十六年九月一日始めとして数回に亘り本件家屋の昭和二十五年十月以降の家賃金の支払として一ケ月金六百円の割合で供託し、その合計額が現在では可なりの額に達している事実に徴しても明らかである。他方において前認定のように被告は本件家屋の賃貸借に関して、昭和二十五年六月分及び翌七月分として一ケ月金千三百円宛を支払つたにかかわらず、原告は右支払では不足であるとして家賃金を一方的に三百円だけ値上げして被告に対して一ケ月金千六百円宛の支払を要求し、且つ同年八月分及び翌九月分として右割合で受領している事実や、証人服部アイの第一回の証言及び原被告本人訊問の結果によつて認めることのできる被告が前認定のように約定金額の支払をしなかつたので、昭和二十六年二月原告が本件家屋の屋根瓦をめくつた事実に徴すれば、原告は一ケ月金千六百円宛の請求を正当なものと考えていて、当時被告から右金額に比較すれば取るに足らない前記推定統制家賃額程度の金額を一ケ月分の支払として提供があつても、それをそのような支払として受取る意思はなかつたことを認めるに十分である。家屋の賃貸借の当事者が統制額を超えて家賃額を約定した場合であつても、賃借人に統制額に満つるまでの額の家賃金を支払う義務があるのは前記の統制額を超ゆる家賃額を約定した賃貸借契約の性質から当然のことである。従つて右のような場合に、賃借人に統制額の範囲内の家賃金さえこれを支払う意思又は能力がないために、約定家賃額全部の支払が遅れているときには、賃借人は右家賃額の約定が違法であることを理由として遅滞の責任を免れることはできない。然しながら賃借人は統制額の範囲内の額であれば家賃金を支払う意思も能力もあるのに、賃貸人の請求する額が統制額を超過している為めに賃借人に右請求額を支払う意思又は能力がない場合には、右請求額全部の支払が遅れても、賃貸人が正当額の提供に対して受領拒絶をした場合と同じように、賃借人に法律上の遅滞があると云うことはできない。本件では被告に統制額の範囲内の家賃金であればこれを支払う意思も能力もあつたのに、原告にはそのような額の支払の提供があつても、それをそのような性質の支払として受領する意思のなかつたこと前認定の通りであるから、被告が約定せられた金額の昭和二十五年十月一日から昭和二十六年七月末日までの支払を怠つた事実があるからと云つて、これが為めに当時被告に家賃金支払について法律上の遅滞があつたと云うことはできない。

原告が被告に対して昭和二十六年八月二十一日附書面をもつて、昭和二十五年十月一日から昭和二十六年七月三十一日まで一ケ月金六百円の割合による家賃金の支払を催告し、同年八月二十五日までに右支払がないときは本件賃貸借契約を解除する旨の通告を発して右書面はその頃被告に到達したが、被告は右指定期限内に何等の支払をなさず、右期限経過後の同年九月一日に到つて請求せられた額を供託したことは当事者間に争がない。しかしながら統制額を超過する家賃金支払の催告は、賃借人が統制額の範囲内の家賃金も支払う意思又は能力がない為めに家賃額全部の支払を怠つている場合や、催告の文言と前後の事情から催告の意図するところは正当な家賃額の支払を催告する趣旨であつて、その催告額を固執するものでないことがわかる場合等のような特別の事情がない限り、一般には催告額以下の支払の提供があつてもその受領をしない旨の意思表示を含んでいるものとして、統制額の範囲内の額の家賃金の支払提供に対する事前の受領拒絶に当り、通常の場合賃借人を遅滞に陥れる効力はない。本件では、前記原告の催告はその催告額が家賃統制額を超過するものであること前認定の通りであつて、且つ右催告にその効力を維持させるに足る右に述べたような特別の事情もないことは、成立に争ない甲第二号証ノ一及び既に先に認定した本件紛争の起つた事情や経過に徴して明らかであるから、右催告によつて被告を遅滞に陥れることはできない。

以上の理由によつて被告の家賃金支払遅滞を原因とする原告の本件賃貸借契約解除は被告に遅滞がなく、且つ原告の催告に解除の前提としての効力がない点で解除の効果を生じない。

原告は被告が本件家屋を他に無断転貸し、又はこれに他人を無断で同居させ若しくはこれを他人に使用させたから賃貸借契約を解除したと主張するが、原告の全立証によつても被告が右家屋を訴外平野彦七又は同梁川桂三に転貸した事実を認めることはできない。なるほど訴外平野が本件の家屋に一時同居していたことは被告の争わないところであるが、同訴外人が昭和二十七年初頃既に本件家屋から他に転出していたことは弁論の経過に徴して原告の認めているところである。そして原告の主張する本件家屋の構造に徴しても、それが被告の家族の外に他人を同居させるに適するものでないこと明らかであるから、右訴外人の同居は一時的なものであつたと認められる。また訴外梁川が本件家屋を自転車ハンドルの防寒用カバー製造の作業場として使用していることは被告の争わないところであるが、右作業場は本件家屋の一部であつて、他の一部には被告が居住していて、右訴外人は右家屋に居住せず毎日他所から通勤していることは原告の自認するところであり、また被告本人訊問の結果によれば訴外梁川は被告の弟であつて前記のカバー製造業は被告と右訴外人の共同事業であることを認めることができる。賃貸人に無断で賃借家屋に第三者を同居させ又はこれを第三者に使用させた場合に、賃貸人がこれを理由として賃貸借契約を解除することができるのは、このような無断同居又は使用が賃貸人と賃借人間の信頼関係を傷け、賃貸人に不当な負担や損失を負わせる恐れがあるためである。然るに前認定の訴外平野及び同梁川の本件家屋における同居又はその使用の態様は本件家屋賃貸借における原告と被告の信頼関係を著しく傷けるものとは認め難い。その他原告の全立証によつても右同居又は使用が賃貸借契約における賃借人の信義誠実の義務に背いていると認めるに足る事実の証明はない。右のような事情を綜合すると原告が本件賃貸借契約解除を主張するのは前に認定したように被告が原告の要求する額の支払をしないからであつて、右同居又は使用は口実に過ぎないと認められるからこれを理由とする原告の契約解除もその効果を生じない。

以上のように原告の被告に対する本件賃貸借契約解除はいずれもその効果を生じないから、右解除を原因として被告に対して右家屋の明渡を求める原告の請求は失当である。また被告が本件家屋の家賃金の支払として可なりの額を供託していることは前認定の通りであるところ、前述のように原告の賃貸借契約解除はその効果を生じなかつたから、被告は依然として右家屋について賃借権があり、右供託は家賃金の支払の提供として有効である。しかして原告が本訴において被告に対して家賃金の支払を請求しているのは昭和二十五年十月一日から昭和二十六年八月二十五日までの間の分であつて、右期間において被告が原告に支払う義務のある家賃額は前認定の推定統制家賃額であるから、右供託額は右期間の右額の割合による家賃金の総計を超えていること明らかであつて、右供託によつて右期間の家賃金は全部支払済みになつている。故に家賃金の支払を求める原告の請求は失当である。次に被告に対して家賃金相当額の損害金の支払を求める請求は、被告が本件家屋を不法占有していることを前提とするものであるところ、被告が現在に至るまでなおこれに賃借権を持つていること前認定の通りであるから、原告の被告に対する右請求はもとより失当である。

よつて原告の請求を全部棄却し民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 長瀬清澄)

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